よい子わるい子ふつうの子

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2013/10/31(木) 06:19:19

連日の時事ネタ。

 ▼「「黒子のバスケ」、TSUTAYAから撤去 脅迫状届く」(朝日新聞DIGITAL)

-----引用開始-----
「黒子のバスケ」、TSUTAYAから撤去 脅迫状届く
2013年10月29日12時56分

 レンタル大手「TSUTAYA(ツタヤ)」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)は29日、人気漫画「黒子(くろこ)のバスケ」に関連するすべての商品を、全店舗の店頭から撤去すると明らかにした。全国にある1400店舗以上が対象で、11月3日までに撤去を完了する予定だという。

 同社広報室によると、11月3日までに商品を撤去しなければ、客の生命、身体に危害を及ぼすという内容の脅迫状が今月15日に届いたためで、「脅迫状の内容と、これまでの他社の対応を総合的に判断して中止を決めた」という。

 一方、三省堂書店、ジュンク堂書店、紀伊国屋書店にも脅迫状が届いたが、いずれも撤去はしないとしている。

 TSUTAYA店頭から撤去されるのは、販売・レンタルしている漫画本やテレビアニメのDVD、CDなど。28日に撤去を決め、同日から順次、作業を始めているという。

 「黒子のバスケ」をめぐっては今月15日、コンビニ最大手のセブン―イレブン・ジャパンに、関連商品の玩具つき菓子に毒を入れたという脅迫状が届き、同社が店頭から商品を撤去した。
-----引用終わり-----

一応事実関係としては、脅迫状自体は15日頃に届いていたもので、今回騒動になっているのはそれを受けて「撤去」が決定されたから。

うーん。『黒子のバスケ』は、2012年のコミケでも「脅迫」がおこなわれ、サークル参加や頒布物が禁止されるという事件がありました。今回は一般書店、しかも複数の全国チェーンが相手ですから、規模や影響を考えるとなんかエスカレートしてる感じが……。

 [参考] ▼コミックマーケット83における『黒子のバスケ』サークル・頒布物対応に関する緊急のお知らせ

MSNニュースによると、今回の「脅迫」の内容は、「客に危害を加える」というものだったそうで、店舗にダメージを与えるとかでないところがいやらしい。

 ▼「「客に危害加える」と脅迫状…黒子のバスケ、ツタヤから撤去」(MSN産経ニュース)

-----引用開始-----
「客に危害加える」と脅迫状…黒子のバスケ、ツタヤから撤去
2013.10.30 07:17

 週刊少年ジャンプ(集英社)に連載中の人気漫画「黒子のバスケ」の作者らに脅迫状が相次いで送られているが、今度はレンタルビデオ店も標的になった。レンタル大手「TSUTAYA(ツタヤ)」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)は29日、「黒子のバスケ」に関連するすべての商品を全国の約1450店舗から撤去すると明らかにした。「撤去しないと客に危害を及ぼす」という内容の脅迫状が届いたためで、同社は「客の安全を第一に考えた」としている。(サンケイスポーツ)

 作者への恨みからか、それとも愉快犯なのか。いずれにしても卑劣な犯罪だ。

 CCCによると、脅迫状は15日、東京都渋谷区の本社に郵送で届き、「11月3日までに撤去しなければ、客の身体生命に危害を加える」などと書かれていた。同社はその日のうちに警視庁に相談し、脅迫状を任意提出。そのうえでレンタルや販売している単行本全24巻、アニメ版のDVD、CDなどの撤去を28日から始めた。11月3日までに完了させるとしている。

 同社は撤去を決めた理由について「脅迫状の内容と、同じように脅迫状を送られた他社の対応を総合的に勘案し、客の安全を第一に考えた」とした。過去に脅迫によって店頭から商品を撤去したケースも「知る限りない」(広報担当者)という。被害額は定かではないというが、累計約2300万部を発行している単行本など人気作品の全商品の撤去は、大きな痛手だ。

 一方、紀伊国屋書店、三省堂書店、ジュンク堂書店にも関連商品の撤去を求める脅迫状が同時期に届いたが、いずれも現時点では商品の撤去はしないとしている。

 黒子のバスケをめぐっては、昨年10月、作者の藤巻忠俊氏(31)が在籍していた上智大学で、藤巻氏を中傷する文書が液体が入った容器に貼り付けられた状態で置かれているのが見つかった。この事件を皮切りに、関係先に脅迫状が次々に送りつけられた。

 当初は藤巻氏に恨みを抱いていることを記した内容だったが、その後はイベント会場などにイベントを中止するよう要求する内容に変化。脅迫はさらにエスカレートし、今月に入るとコンビニエンスストア大手の「セブン−イレブン・ジャパン」や報道機関などに「(黒子のバスケ関連の)菓子に毒を入れた」とする脅迫文が届き、セブン−イレブンは店頭から菓子を撤去した。

 警視庁捜査1課は威力業務妨害容疑で捜査しており、一連の事件が同一犯によるものかなど調べている。
-----引用終わり-----

実際TSUTAYAに届いた脅迫状の中身については、月刊『創』の編集長・篠田博之氏が何度かに分けてものすご〜く詳しい記事を書かれていますので、気になる方はそちらをご参照ください。本文内容の写真もアップロードされています。一応篠田氏の記事を参照しつつ要約すると、「今年度の明治節の翌日」(11月4日)までに「黒バス」関連のアイテムを撤去しないと、「火もしくは銃弾で処罰する」、「あるいは客を巻き込む形で危害を加える」というもののようです。

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篠田博之氏の記事(2013年10月31日現在)
 ▼「「黒子のバスケ」脅迫犯から私に届いた手紙
 ▼「「黒子のバスケ」脅迫犯から届いた2通目の手紙
 ▼「「黒子のバスケ」脅迫犯の手紙を公開します。
 ▼「「黒子のバスケ」脅迫事件のその後の経緯
 ▼「「黒子のバスケ」脅迫犯へのメッセージ
 ▼「TSUTAYAに送られた「黒子のバスケ」脅迫状の中身
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しかしこの犯人、よっぽど『創』が好きなんですね……。「『創』あての手紙には「お前のところだけに今回の脅迫で送ったやつは全種類コピーを同封したった」とも書かれている」とありますが、「お前のところにだけ」の相手がTV局でも新聞社でもなく『創』というのが、こう言ったらなんですがよくわからん。

記事によれば、犯人は「《和歌山カレー事件の冤罪支援とか田代まさし擁護に比べたら風当たりも大したことないやろ》」とか書いているらしく、これは篠田氏も言っているように「これは『創』をある程度読み込んでいないと書けない文章」です。たまたま思い浮かぶような雑誌でもないし、熱心な読者とかなのかな……。

実際、『創』側としてはウハウハでしょうけど。「『創』は現在、追跡取材を進めており、次号12月号でもっと詳しい内容を報告するつもりだ。」とか言ってますし。不謹慎な言い方ですが、ブログも注目されて、良い宣伝になってたりするかもしれません。

でまあ、こういう脅迫に対しては、「正解」の選択肢なんて無いんですよね。正確には、結果論から逆算するしかないというか。

もちろん、明確に「誤り」の選択肢はあるんですが(たとえば脅迫状を公表したうえで犯人を挑発するようなフェアを開催するとかやったらアカンでしょう)、そういうヘマを除けば基本受け身対応にならざるを得ないわけでして。撤去してみせたところで「事件」は起きるかもしれないし、調子に乗った犯人がいっそう要求をエスカレートして収拾がつかなくなるかもしれない。

他人の反応を見て喜ぶタイプの愉快犯なら放置が効果的なこともあるでしょうが、何か「目的」があって行為に及んでいる場合、無視されると逆ギレして凶行に及ぶ可能性もありますし……。

そう考えると、結局結果待ち。犯人を捕まえないとどうにもならないというところまで行き着く。

ただ、上記のことはわかったうえでやはり、TSUTAYAの対応は残念なところもあります。

ジュンク堂は、「本は表現作品であり、書店は読者に届けるために預かっている立場。軽々には撤去できない」という理由で撤去を拒んだようで(※ソース:「朝日新聞DIGITAL」)、私個人としては非常に好感の持てる対応です。

「脅迫」に応じて撤去や自粛が繰り返されると、自分の気に入らないものを排除するにはこういう手段をとれば良いと思って、似たようなことをやりだす人が増えるかもしれない。いや実際、「黒バス」については《似たようなこと》が何度も起きているわけです。やっぱり、これはまずいでしょう。

とはいえ、もしもTSUTAYAが「撤去」に応じず利用客にけが人などが出た場合、その責任をTSUTAYAがとらされるような風潮がありますし、対応やりづらいですよねぇ。

ジュンク堂・紀伊国屋をはじめとする大手書店とて、もし本当に問題が起きれば撤去することになるんじゃないかと思います。毅然とした態度をとりつづけるのは、本当に難しい。脅迫対応マニュアルとかあれば良いんですけど。

それにしても、この騒動が愉快犯のものでない(マジで「黒バス」を排除したいというモチベーションでなされている)のなら、どうして命にかかわるわけでもないのに、「自分の気に入らないもの」をそれだけの理由で脊髄反射的に憎み、卑劣な手段で攻撃し、過剰に排除しようとするのか。

行為そのもの以上にそこへ至る心根の醜悪さが、私としては最も嫌悪感を覚えるところです。

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2013/10/30(水) 20:00:40

2009年度「日展」の書道・篆刻の審査で「談合」が行われていたという話。朝日がすっぱ抜きました。これを「不正」と呼ぶか否か、論点はいろいろあると思いますけれど、一応事前公表されていない審査基準を用いて評価を下しているわけですから、問題ではあろうと思われます。

 ▼「日展書道「篆刻」、入選を事前配分 有力会派で独占」 (朝日新聞DIGITAL)

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日展書道「篆刻」、入選を事前配分 有力会派で独占
2013年10月30日05時41分

【沢伸也、田内康介】 日本美術界で権威のある日展の「書」で、有力会派に入選数を事前に割り振る不正が行われたことが朝日新聞の調べで分かった。毎年1万人以上が応募する国内最大の公募美術展への信頼が揺らぐのは必至だ。

 日展には日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5科がある。1万円を払えば誰でも応募でき、入選すれば展示される。今年度は11月1日から国立新美術館(東京・六本木)で開催される。1万3919点の応募があり、7割が書だ。

 書には漢字、かな、調和体、篆刻(てんこく)の4部門がある。朝日新聞は、石材などに文字を彫る「篆刻」の2009年度の審査を巡り、当時の篆刻担当の審査員が有力会派幹部に送った会派別入選数の配分表と、手紙を入手した。配分表には有力8会派ごとの応募数と入選数が直筆で記され、過去5年分の会派別の応募数と入選数の一覧も添えられていた。

 手紙は審査員が入選者公表前の10月15日に書いたもので、「今年は昨年度の会派別入選数厳守の指示が日展顧問(本文は実名)より審査主任に伝達され、これに従った決定となりました」とし、配分表通りに入選数を決めたと説明している。日展顧問(89)は書道界の重鎮で日本芸術院会員。審査主任は書の4部門全体の審査責任者で、当時は日展常務理事だった。

(※続きは会員登録者のみ)
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残念なことにと言うべきでしょうか、「やっぱりなぁ」という思いと、「フザケンナ」という怒りと、「参加者が気の毒だ」という同情と、「がっかりした」という落胆とがないまぜになった、実に微妙な心持ちがします。

私は書道関係について全く疎いため、こうした「談合」が正当なものか、必要悪なのか、それともあってはならないことなのか……といった判断はつきかねます。ただ、最初にも述べた通り公募の形式をとり、応募に「1万円」というお金をとっているにもかかわらず、その中で公にされていない絶対的な審査基準が存在しているわけですから、これは朝日新聞が書いている通り日展への「信頼が揺らぐのは必至」の問題であると言えます。問題がないと思ってるなら、最初から募集要項に書いておけって話ですよね。

「日展」は11月1日から12月8日まで開催の予定。期日も迫っているし問題が発覚したのは篆刻のみだし、今年のは開催自体は問題なくなされるのでしょうか。まあ「過去のこと」ということでさらっとお詫びでもして流すつもりなのかもしれません。あと、河合克敏の書道漫画、『とめはねっ!』はどうなるんだろうとか、どうでもいいことばっかり気になってきた……。

 ▼平成25年度「日展」公式HP

 ▼河合克敏『とめはねっ!』(小学館)

しかしこういうの、「たまたま今回限り」の話ではないですよね。たとえば丁度2009年に、こんな質問が「知恵袋」に掲載されていました。

 ▼「毎日書道展、読売書道展、日展で入選するにはいくら払えばいいのですか?

回答はまったく根拠のない「風評」にしか見えませんが、書道をやっている関係者の中で、こういう話が出回っているということ自体がやはり問題でしょう。「師匠に手本を書いてもらう手数料に100万〜200万円 、審査員を買収するために300万円 」。審査員買収(笑)とか言って笑って流せる雰囲気では無くなってしまったわけで。

話を広げますと、書にかぎらずいわゆる「芸術」の評価というのはどうしても曖昧さがつきまといます。フィギュアスケートの「表現点」なんかもそうですし、あるいは小説の賞にも似たようなところがある。

それゆえでしょうか、審査基準としては気に入る/気に入らないという主観的な話ではなく、誰にでもはっきりと分かる技術的なことや知識・背景といった部分が重視される傾向が強い。いわゆる客観的(これは、説明可能くらいの意味で使っています)審査というやつです。

ただ、これによって表現の持つ《感情に訴える》ような力については軽視されがちになったという批判もなされています。それ(客観審査)に偏りすぎると、芸術のもつ本来的な、感情を揺り動かすような力をくみとることができない、というわけですね。まあごもっともという感じもします。客観的な技巧のみで測られた表現というのはいかにも味気ないし、それは競争のために設けられた基準であって、鑑賞の基準ではないだろうと思う。

そして、技術だけでは語れないような力を、いわば表現のロマン主義を、支えてきたのはその道の「プロ」と呼ばれる人びとであったはずです。単なる主観ではなく、積み重ねられた歴史が根拠となっていた。

にもかかわらず、表現の力を重視するはずの芸術分野において今回のような「審査」が行われていたということは、俗に「権威」と呼ばれる人びとが語る評価基準や表現に関する理解というのがまったくアテにならないということを暗に物語ってしまうということにもなりかねず、ますます表現から感情的な力というのが公共性(他の人と芸術から受けた印象を共有する可能性)を失っていくことになるでしょう。

もちろん、篆刻の審査員が「談合」をやったからといって表現が本来的に持つ力が喪われるわけではないにしても、周りの人びとの信頼が揺らぐことで、それが見出されにくい空間が出来上がるということはありえるわけです。人びとの信頼を損なうというのは、そういうことです。

これは、芸術作品が賞として成り立つか否かという以上に、表現の鑑賞と共有がいかにして成り立つか(あるいは成り立たないか)を巡る問題であり、それをしょうもない政治性によって台無しにしたということの罪は重いと私は思います。

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2013/10/29(火) 23:11:45

2013年11月28日に発売される、『WHITE ALBUM2』PS-Vita版。

ワンダーグーさんの特典が雪菜のタペだったので通販狙っていたのですが……。

ワングーWA2

 ▼Wonder GOO 「にいてんご」同梱パック

18時から通販スタートで、仕事終わって21時頃に見たら既に売り切れていましたOTL。楽天ワンダーのほうもダメ。

 ▼Wonder GOO 楽天市場 ホワイトアルバム2 WonderGOO限定セット!!

うーん。残念です。店舗まで行けってことか……。特典だけついてる同梱パックじゃないやつ(通常版)買ってもいいんですけど、どうしましょうね。

ムリをしてでも抜けだして予約しておけば良かったなー。まさかこんなあっさり売り切れるとは予想外でした。私の中ではWA2って評価は高いもののそこまで爆発力ある人気出てないと思ってたのですが、やっぱりアニメ化とかしたことでぐっと勢いついてるんですかね〜。

今後も競争率高くなりそうなら辛いなぁ。

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2013/10/28(月) 23:32:17

お昼休み、定食屋でご飯を食べていると、隣のテーブルについた、大学生らしき(会話の内容から)集団がこんなことを言っていました。

 A君「あの先生の授業マジ分かんねぇわ〜」
 B君「話が飛ぶし、知らないことを知ってる前提でいうからたまんないわな」
 C嬢「そうそう、もうちょっと分かりやすく説明してほしいよネ」

忠実な再現ではなくて「だいたい」の内容ですが、まあニュアンスは伝わるかと思います。んで、こういうのってちょっとかっこ悪いよなぁと思いながら聞いていました。

中学生・高校生なら「わからないから教えて欲しい」というのはまあ、アリという気がします。しかし、大学生にもなって――これは単純に年齢の問題というだけではなくて、日本では特に大学というのは自主的に学問をしたいという人が進学する高等教育の場であるということを踏まえて言っています――、「知らないことが出てきているから教えて欲しい」というだけならまだしも、「説明しない先生が悪い」と相手の責任にしてしまうというのは、どうなんだろうと。

こういう、「自分にわからない話が出てきたら、わかるように説明しない相手が悪い」式の論法というのは比較的よく見かけますが、下手をすると「自分は余程の大物です」と言っているか、「自分は力不足だけど直す気ありません」と言っているかのどちらかに聞こえてしまう、ということに気づいていない人が案外多いようにも思います。

たとえば、誰が見ても知識や経験が豊富な人が「君の言っていることは僕のように無知な人間にはよくわからないから説明してほしい」と言う時は、ある程度教養のある自分にも分からない言い方になっているから、普通の人が聞いたらもっと分からない。もう少し考えて喋れと言っているのだととれます。

一方、たとえば私みたいなぺーぺーの人間が「ごめん、意味わかんないんだけど、もう少しわかるように喋ってくれない?」とか言うと、「お前何様だよ」という話になります。相手の言うことがわからないのは、自分の知識が足りないからではなくて相手が悪いのが前提になっているんですね。相手の言っていることをきちんと考えたり調べたりする気はありませんと宣言しているようなもの。私が実績のある大家ででもない限り、偉そうな態度であるのは間違いないでしょう。

そして、「偉そうな態度」が中身の伴っていない見せかけだけなら、そういう姿勢は「私は知識が足りていないけれど積極的に自分で調べるつもりはありません」と言っているようなものですから、「力不足だけど直す気ない」態度ととられても仕方がないんじゃないかと思います。

今回目撃したような、「自分にわからない話が出てきたら、わかるように説明しない相手が悪い」式の論法が臆面もなくはびこる理由には、「伝わるように言いましょう」式の教育であるとか、書き方のハウツーが流行った影響というのが、少なからずあるだろうと私は考えています。

教育現場に携わっている人と話をすると、「最近の子どもは理解力が低いから、教えられる内容のレベルがだいぶ落ちた」みたいなことを言っている。それは実際にそうなのかもしれませんが、じゃあ昔の学生は「難しいこと」を言っても一発で理解していたかというとそんなわけでもないでしょう。

自分自身の経験と照らしてみても、全然わからないことを、わからないなりに考えて考えて、半年とか1年とか経ったころにふと、「ああ、あれはそういう意味だったのか……」と、他のこととの関連で自分なりに飲み込めたりすることが多かった。

結局、「いまの子は飲み込みが悪い」とかいってレベルを落とし、「分かりやすくて丁寧な」話ばかりするようになったということが、いっそう「わかりにくい内容」から生徒たちを遠ざけている。そういう側面は間違いなくあると思います。

文章の書き方なんかでも似たようなもので、「多くの人に伝わるように、分かりやすい内容を心がけましょう」というハウツーが浸透したわけです。昔は、何か勿体ぶった・小難しい書き方をして重みがあるように見せるなんていうのも流行っていましたが、その逆ですね。

まあ何でも難しそうに書けってのは馬鹿げた話ですけど、だからって分かりやすいのが良いってのも、何か妙な話です。たとえば文章って、「正確」なのが良い――そんな考えがあっても良いのではない? そういうツッコミを入れたくなる。

ちょっと前に読んだ、仲正昌樹『なぜ「話」は通じないのか』(晶文社)という本の中に、こんなことが書かれていました。

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少し前の左翼であれば、運動を広げると同時に自分たちの批判能力を磨くべく、より説得力があり、論理的整合性がある言葉で語ることを心がけていたような気がするが、最近は、「大衆に届く言葉がいい」ということで、どんどん話を単純化して、バカになっている――いつから左翼にとって大衆はバカになったのか。無論、右に関しても同じことである。(p.254)

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右翼・左翼といった自分たちの立場を単純化する「物語」を安易に受け容れ、そこに安住してしまうという議論の中で出てきた話ですが、今回の私の記事のテーマからすると、結構クリティカルなところがあるなぁと。

「バカ」というのは少々過激な言い方であるとしても、「相手のことを考えて簡単なことばにしたんですよ〜」というのは、ある種読者を低く見ていることになる。それは、紛れも無い事実だと思います。「大衆に届く言葉がいい」と言って、単純な話と分かりやすい言葉でお茶を濁すのなら、それは「大衆というのはきちんとした話ができないバカだ」と言っているのと同義でしょう。

逆に、難しことばやきちんとした理論を書くというのは、それだけ読み手を信頼しているということでもある。これなら分かってくれるはずだという期待のあらわれというわけです。

もちろん、ことはそう単純ではなくて、実際には「難しい話を噛み砕いて正確に表現する」ことは可能であるはずだし、専門の身内にしか通じないようなジャーゴンばりばりで書いたり語ったりすれば良いかというとそういう話ではありません。けれど、「わかりやすい話」が、「レベルを落とした話」と同義か、近似的に扱われているというのはやはり、問題であろうと思います。

で、その結果、「自分に分からない文章は書き手が悪い」みたいな変な風潮も生まれるようになったのではないか。

結論としては心構えの問題しか言えない(具体的にどうこうしろという話にはできない)のですが、教える・書く・語る側は、わかりやすい話とレベルを落とした話を混同しないようにしつつ、読み手・聞き手の能力を信頼して自分のMAXを込めるようにする。教わる・読む・聞く側は、内容がわからないことを相手のせいにせず、かつ自分がどのようにわからないかを明確化し、そうして出てきた疑問を自分で調べたり、時には相手に投げかける。

そういう、相互の積極的な努力の中で、より良い理解は生まれてくるものだし、ことばをめぐるスキルも成長するのではないかなと思ったりします。「わかりやすい」単純なものよりも、「ちょっとわかりにくい」くらいのものにつっかえつっかえしながら挑んでいくほうが、良い結果をもたらすことも少なくないのではないでしょうか。

……めんどくさいですけどね。

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2013/10/27(日) 17:32:15

今日仕事先に行く途中でいきなり、

「ち○ぽだー!」

っていうでっかい声があがりまして……。

近所の子どもかなんかだと思うんですが、まあ彼らがそうやって叫びながらゲラゲラ笑ってるんですね。なんて下品な……と思いながら彼らが指さしているところに目をやると。

木製
ご覧の様子。

なんというか、想像以上にち○ぽでした。

いや、言われるまでは全くそんなこと思わなかったけど、言われてしまうともうそうとしか見えないというか……。子どものエロ妄想パワー恐るべし。あとはこいつをツッコむ木の洞とかあれば完璧だな?

彼らが通り過ぎ、道に人気がなくなるのを待ってこっそりと撮影。日曜なので人通りが少なくて助かりました……って、なにしてるんでしょうね、私。

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2013/10/26(土) 18:45:35

自分用メモも兼ねて、錯視ネタが面白かったのでご紹介。

錯視っていうのは「目の錯覚」というやつで、だまし絵みたいなのとは違って純粋に生理反応として認識がズレ、モノが対象本来の姿と違って見えるというやつです。矢印の長さが違って見える「ミュラー・リヤー錯視」なんかが有名でしょうか。

 ▼ 参考: 「北岡明佳の錯視のページ

アスキーアートとして使われるのは、文字列錯視(ポップル錯視)と呼ばれるものだそうで、日本語だと「猫マナー」(杏マナー)とか「コニア画」がメジャー。

猫マナー
こんなやつ。

       (( ∩ ))
        γ"⌒ヽ/〉_/〉   コロコロー
       ι'ゞ‐u(=゚д゚)σ  (((●
  猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー
  猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー
 猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー
   ●))) コロコロー
  ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫
   ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫
   ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫ーナマ猫
                コロコロー (((●
  猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー
  猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー
 猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー猫マナー


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本二上旦上二本与卉亠十廿卞广下广卞廿十亠卉与
二上旦上二本与卉亠十廿卞广下广卞廿十亠卉与本
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十廿卞广下广卞廿十亠卉与本二上旦上二本与卉亠
廿卞广下广卞廿十亠卉与本二上旦上二本与卉亠十
卞广下广卞廿十亠卉与本二上旦上二本与卉亠十廿
广下广卞廿十亠卉与本二上旦上二本与卉亠十廿卞


うーん、すごい。面白い。こうやって見ると、人間の五感って意外とアテにならないというか、「百聞は一見にしかず」かもしれないけどその「一見」も簡単に信用しちゃダメだなっていう気になります。デカルトが経験論を疑ってかかったのもわかる。

「確かなもの」を巡る思考って、こういう素朴な確信の揺ぎから始まるんじゃないでしょうか。

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2013/10/25(金) 19:54:16

本日は月末エロゲーの日でした。

心配された台風もあさっての方向へ逸れて行き、安心した方も多いのではないでしょうか。雨と風はエロゲーの天敵ですからねぇ……。店頭イベントとかにも影響出ますし。

本日の引き換えは、以下の5本。

モンパ2
▼  MONSTER PARK 2 FANDISC 〜Lost episode〜
ようやく来たモンパ2のFD。雨のち触手の気分で愉しみます。

小さな彼女の
ちいさな彼女の小夜曲
すみません。まさか出るとは思わず油断してました。随分待たされて、待ちぼうけを食らってる間にどんな内容だったか情報をすっかり忘れてしまったんですが、まあやれば良い話ですね。ただ、結構後回しになると思います。今月は他に楽しみな作品も多いので……。購入記念イベントでもらった、パッケージを模したクリアファイルがいい感じでした。


ワルモレ
ワルキューレロマンツェ More&More
アニメとの連動もあって勢い満載のワルロマ。割りと楽しみです。ただ、FDなので過剰な期待はしないほうがいいかなー。たぶん1番目か2番目くらいにやりそう。もともと本編がそれほどヘヴィな内容ではなかったというのもありますし、お色気満載のエンタメで息抜きをして、楽しい休日を送るつもりです。


巨乳ファンタジー外伝2
巨乳ファンタジー外伝2
今月の本命。超楽しみです。「リュート最後の物語」ということで、巨乳ファンタジーはこれからも続くようですが、一区切りつくことになるのでしょうか。このシリーズはいわゆる「成り上がり」ものの中でも特に私の好みにジャストフィットしているので、行方を見守りたいと思います。何ごともなければ真っ先にプレイ予定。


まおなま2
魔王のくせに生イキだっ!2 〜今度は性戦だ!〜
ラストはこれ。抜きゲー多いな……。シリーズ前作にあたる『まおなま』、ブランド前作の『アクマでオシオキっ!』がともにかなり面白い+実用的だったので、結構期待しています。文字通りの意味で息ヌキに使う予定。夜露死苦!

という感じ。『ものべの』は日曜にでも引き取ろうかなと。今日は雨もあったし荷物多くなりすぎました。グリグリとか嘘つき王子、ココロファンクションも気になってはいるけど、11、12月と出費が嵩みそうなので見送り大決定。

まあ、ぼちぼちやりますぜ!

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「WHITE ALBUM 2 Live」東京公演れぽーと (2013/02/20)

2013/10/24(木) 18:23:38

電撃コミックスから『超昂閃忍ハルカ』が発売されるんですね。コミカライズを担当されるのは、エロ漫画でお馴染みのぽんこつわーくすさん。公式サイトはこちら

ハルカ
2013/10/26 発売予定。

「ハルカ」はこれまで、キルタイムコミュニケーションさんでもコミカライズされたり小説化されたりしていましたが、満を持しての一般展開ということなのでしょうか。「ランス」もコミカライズされていますし、最近では『闘神都市2』の3DS版の発売が決まったりと、アリス作品の動きが地味に目立ちます。

正直、一般で「ハルカ」の魅力ってどれくらい出せるのかよくわかってないのですが、ぽんこつわーくすさんは画力・ストーリー構成力ともに非常に私好みの作家さんでして、期待がタカマル状態。あ、いまのはギャグですよ、もちろん。

ぽんこつわーくすさんの作風から考えるに、純粋なバトル漫画という感じにはならないのかな……。でもバトルしないとハルカじゃないしねぇ。そもそも敗北Hとか儀式はどうするんでしょう。これはもう買ってみるしかなさそうです。

1巻では出てこないだろうけど、スバルさんの出番が多いと良いなぁ。

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2013/10/23(水) 08:12:25

早苗さんのSR、ケツをこっちに向けて誘ってるようにしか見えないなぁ……「ヤリすぎお姉さん」かぁ……なんてエロゲー脳的な妄想をふくらませる毎日を送っております、OYOYOです。

早苗さんSR
アイドルサバイバル・秋の大運動会 上位報酬SR

あ、今回のお話はモバマスとはまったく関係ありません。単にこの、ケツを(正確には腰を)つきだしたポーズを見ていてふと、「謝る前にケツを出せ」という単語を思い出しまして。ご存知の方も多いのではないでしょうか。昔、早瀬悠一郎(ゆーいち)氏が運営されていたニュース系サイトです。

ネタと精度の高い分析とエロが入り乱れるサイト(ブログ)で、更新頻度も高く、読み応えバッチリ。ラグナロクとかドルアーガのエロ絵にお世話になりつつ、世相を斬る系の記事を楽しみにしていました。昨今の、他の人の意見をあつめて煽る系のまとめサイトと違い、一次資料に対して独自の調査や解釈を行ったうえで、その結果といわゆる世論とのズレに切り込んでいくタイプの、「モノを考えたくなる」ブログでした。

ただ、私が読み始めたのはかなり末期(悪い意味はありません。単に時期の話)だったころで、1年ほどで更新頻度が鈍り、結局閉鎖というか自然消滅のような形になり……。非常に残念だったのを覚えています。

その後「謝る前にケツを出せ 避難所(下書き用」のほうにぼつぼつ出てくる情報を不定期に見ていたのですが、「2010-05-03 突然閉鎖した理由ですが、」という記事を読んだ時、ふーむと考えさせられました。

理由を言うと、ゆーいち氏がここでパロっているのが、赤木しげるが自殺(安楽死的な)を選ぶ直前に原田に言ったセリフ(福本伸行『天』)だったせいで、「自殺」を連想したから。何か、「消えていく理由」を書き残すという行為の中に、「束縛から逃れたい」という思いと「消えたくない」という思いの交差を見たような気がして、遺書のように思えたんですね。実際は、そのあとTwitterはじめられてるので活動再開宣言に近いものだったんでしょうけど。

もちろん、実際のゆーいち氏がどうこうというのではありません。ただ、ネット上の人格が消えることを、「死ぬ」と比喩的に表した場合の話です。んで、こういうネット空間から消えるというのはどういうことなのかなぁ。ここに書いてあるように、自由になるということなのだろうか、と。

結局のところ、人は生きている限り何らかの「場」に縛られる存在ですから、完全に「自由」になることなどありえない。してみると、ブッダが「生きることは「苦」(思い通りにならないとか自由ではない、というような意味)である」と言ったのは、見事な把握であるようにも思われます。

ネットゲーの「引退」にしろ、ツイッターのアカウントの「消去」にしろ、ある「場」に所属することによって必然的に発生するしがらみから「自由」になろうとしたとき、究極的に人は、存在そのものを「場」から消してしまうしかないのかもしれません。

しかし、単に自分がいなくなるだけで、存在というのは消えるのでしょうか。

ネットゲーの引退するする詐欺(※引退する/したと宣言して、しばらくすると「復帰しました」と戻ってくること。「詐欺」とついているけどそこまで悪い意味はありません。ただ、廃人ほどその可能性が高いので揶揄する意味合いはありそうです)ではありませんが、存在の痕跡が残っていると私たちはそこに戻ってくることができる(ただ、痕跡が新たな束縛となり、再び場の重力に支配されてしまいますが)。

そう考えると、痕跡まるごと消すなんてとてもできない(誰かの記憶とかには残る)から、ネット上で完全に「死」ぬというのはなかなか難しいかもしれません。発信主体がいなくなっても、亡霊は残り続けているのですから。


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2013/10/22(火) 20:54:06

先日(2013年10月20日)に開催されたコミティア(COMITIA)に行ってきたときのレポートを軽く。実は、初コミティアです。

会場は東京ビッグサイト。コミケと同じところですね。さすがにコミケのノリで行く元気はなかったのですが、6時半には現地に着くように、5時半前に出撃。早く行くのは自分の買い物ではなく頼まれものの都合だったので、失敗のないよう結構緊張していました。

途中電車の乗り継ぎをミスったり、同じ会場でやってた「進撃の巨人」イベントの列に並んでしまったり(女性客がめちゃくちゃ多くて、「え、コミティアってこんな客層なの? マジで私場違いやん……」とか思っていたら、本当に場所間違えてました)と色々ドジを踏んだものの、無事到着。すでに80人くらいの人が並んでいました。

生憎の雨模様でしたが(よく考えたら雨なのに80人もいたって凄い)、私が到着する前後はちょうど雨がやんでいて、濡れることもありませんでした。ラッキー。これが日ごろの行いってやつですね。

7時半ごろに列の入場が開始。こんなに早くビッグサイト入れるのって感慨深いものがあります。会場は東5、6ホールで、列は上のフロアに形成されました。下は、サークルさんが入場とかに使うからでしょう。たぶん。

入場の為の列移動が10時半からということで、ぽっかり空いた3時間弱を埋める必要がありましたが、コミケと比べるとはるかに楽。なんせ椅子は使える、テーブルも使える、ベンチにだって余裕で座れる。トイレや自販機も壁サークルじゃありません。超快適。これなら休日のデパートやショッピングモールのほうがはるかに難易度高いくらい。持ってきたラノベと新書を1冊ずつ読み終えることができました。悠々自適な休日の午前中です。

10時半から宣言通り移動が開始され、11時拍手とともに開場。私はいの一番で頼まれものをゲットするため、大石竜子さんのサークル・リンゴホッペターに向かったのですが……。

いらっしゃらない(爆)。

ならばということで他にも依頼されていたチェック予定のサークルさん2か所に向かったところ、1か所はやはり未到着、もう1か所は新刊落ちてお詫びのペーパーが配布されているという状態でした。ナンテコッタ。

「これ私早く来たけど超・無駄足だったんじゃ……」とか地味にへこんでいたら、大石さんがご到着されたようで、ブースに入られていました。内心ガッツポーズをしながら、するするとブースに接近します。

室内にいたので分からなかったのですが、どうやら雨足が強くなってきていたようで、大石さんお荷物とか傘とか抱えて大変そう。お邪魔かと思いつつ少し荷物をどけるなどのお手伝いにしゃしゃり出て、世間話とかする機会を得ました。(お騒がせして申し訳ない)

無事新刊をゲットしたあと、夕街昇雪さんのサークル「活動漫画屋」を訪問。『柊鰯』でファンになったサークルさんです。世間話などしつつ、「柊さん」関連のグッズ(ファンブックやポスターなど)売上がチャリティーにわたり、成果を上げたというお話を伺いました。

チャリティーは偽善だという声もありますが、偽善だろうがなんだろうがやらないよりはやったほうがいいという立場なので、ひとつの達成の中に自分も小さいながら参与できていたということを知り、少しうれしくなり。

その後目的もなくぶらぶらしていたところ、同じ目的で来られていたユリイスさんと合流。ビッグサイト施設内のカレー屋でお昼をご一緒する流れに。

ユリイスさんはコミティアに精通しておられて、いろいろ教えていただき……。その後「ひとりはさびしい」とダダをこね、私の引率をしていただきました。

ユリイスさんと色々回って思ったのは、「コミティア面白い〜」ということ。前の感想にも書いたとおり、基本二次創作禁止・コスプレNGのオリジナル勝負なので、コミケとはまた違ったクリエイター熱みたいなのが伝わってきました。「売る」「買う」という資本主義的熱気より、作りたいものを見せ自分をピールするぞ、みたいな感じというか。それがすごく面白い。

人の量もブースの量もちょうどいい塩梅で、15時頃までじっくり時間をかけて場内をまわり、いろんな作品を見て回りました。正直ほしいものいっぱいで目移りして困った……。財布のひもを緩めたらメチャクチャなことになってたと思います。見本誌の試し読みスペースなんかもあって飽きないんですよね〜。ほんとここにいるだけで、一日を楽しく過ごせそう。

そのあと仕事があったために、雨の中ブツを守りつつ撤退。やっぱり私が帰るときには雨が小ぶりになり、風もおさまっていました。ほんとにツイてた。

唯一の心残りは、閉幕まで残ることができなかったこと。仕事がなければ最後までいたかったです。コミティア初挑戦にして魅了されました。また行きたいなぁ。

参加された皆さま、スタッフの方々、お疲れ様でした。楽しいイベントをありがとうございました!


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