よい子わるい子ふつうの子

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2012/09/08(土) 06:05:02

Gigazineさんに先日掲載されていた、CEDEC2012での「オンラインゲーム時代における、 ゲーム内コミュニケーション設計の基礎知識」という講演のレポートが面白かったのでご紹介。

卒業してもやめなくていい永遠の「大人の部活動」がオンラインコミュニティ成立のためには必要

講演者は、DropWaveの本城嘉太郎氏。

内容の要点はざっと以下。
 ・ コミュニティは数ヶ月から数年という長期間のプレイを前提とするオンラインゲーの命。
 ・ オンラインゲームとオフラインゲームの違いは以下の3つ。
  1:「ゲーム内容が定期的に更新されているかどうか」
  2:「ゲーム内に友達と呼べる存在がいるかどうか」
  3:「ゲーム内に資産と呼べるものが形成できているかどうか」
 ・ オンラインゲームのコミュニティの目標地点は永遠に活動できる「大人の部活動」。
 ・ ゲームシステムとコミュニティの融合(「ゲームシステムとコミュニケーションを同時に設計してこそオンラインゲームである」)
 ・ 成功タイトルのコミュニティ設計例 … 「FEZ」、「伝説のまもりびと」
 ◆FEZの場合
 ・ ゲームが非常に面白い(深いコミュニティが形成される条件として、ゲームそのものが面白いことが大前提)
 ・ ゲームの目的が国家間戦争なので、キャラ作成と同時にユーザー間で敵と味方ができる(「最初からギルドが成立している」)
 ・ コミュニティがゲームシステムに組み込まれている(「『ギルドの目的』=『ゲームのメインディッシュ』」)
 ・ ゲーム中に綿密な意思疎通が必ず必要になる(「リアルタイムでの協力プレイが大前提のゲーム性」)
 ※たとえば「Diablo3」は「全く仲間と協力しなくてもゲームが進めてられてしまう」のが弱点。
 ・ 新規参入者がコミュニティに組み込まれやすい(「上級者が新入りの面倒を見る動機が提供されている」)
 ・ ゲームの目的がシンプルでコミュニティ内で共有しやすい(「コミュニティに対して、共通の話題が常に提供されている」)
 ・ 初心者が実質的な意味で必要とされるシステム(「初心者でも貢献できる仕組みがある」)


 ◆伝説のまもりびと
 ・ FEZと異なり各プレイヤーごとにゲームの目的があるシステム
 ・ ソロよりPTプレイ重視(「人の助けを借りると圧倒的に有利になるゲーム性」)
 ・ 一緒にゲームをするのではなく、キャラクターを借りるというシステムの自由度の高さ(「非同期だけど、ログイン時間が近いだけで絆を感じられるゲーム設計」)
 ・ 簡単なコマンドで感謝の応酬ができる
 ・ ログインだけで援護できるので、手間も時間も取られない(「ただログインするだけでも人の役に立てるお手軽さ」)
 ・ お礼の累積でアイテムが貰えるなどコミュニケーションによって得られるメリットが大きい(「人の役に立てば立つほど、自分も有利になるゲーム性」)
 ・ 交流の報酬がログインボーナスに転用され、接続の継続に貢献している
 ・ ゲーム自体に他人との交流が有効な手段(経験値稼ぎ)として組み込まれている(「ゲームのメインサイクルに、他のプレイヤーへの巡回が入っている」)
 ・ 交流することで相互にメリットがあり、積極的な交流の動機付けができる
 ※「あの人の役に立ちたいから、課金したい」いうところまでコミュニティを昇華している


「うんうん」と思うところと「そうかな?」と思うところがありますが、でも概ね納得できます。ただ今回の話はユーザー視点ではなくクリエイター視点、しかも「ゲーム内コミュニティ」に限定した話ですから、ちょっとついて行きにくい部分もあり。基本ソロプレイヤーなんですよ(涙)。

ネットゲーム全般ということになれば、ネット麻雀のようなコミュニティ意識が希薄な設計のゲームもあるし、ゲーム外のコミュニティ(たとえば匿名BBSでの場外乱闘とかRMTとか)の抱える問題みたいな話も出てきますが、今回の話でそこにつっこむ必要はなさそうです。

数は多くないけれどネットゲーを幾つかプレイしてきた身としては、ハマる時はどっぷりハマるけどすぐに離れてしまう焼き畑農法みたいなネットゲーというのはもうゴメンです。ダラダラでも、続けられるヤツが良い。「長期間のプレイを前提」とするこの講演と基本コンセプトは一緒です。そしてその観点からすると、「正直ゲームとしては飽きたけど、ゲームを起動すれば仲間に会えるから、やっぱりまだ続けよう」というのと、「このゲーム援護がしんどいからやめちゃいたい」というの。この2つのモチベーションは凄く大事な気がします。

ネットゲーを離れる理由として、ゲームがつまらないからとか飽きたからというのは意外に少ない……というか逆に、ゲームがもの凄く面白いから続けているわけではそもそもない。どんな面白いゲームだって、どんなに頻繁にアップデートされたって、余程の作品じゃなければ1年も経たずに飽きます。それでも続けるというのは、この講演のテーマが言うとおり、コミュニティの力の為せる業でしょう。

ただ、たとえばツイッターですら10日ほどログインしないと復帰が難しい(どういう感じで入れば良いかわからなかったりしません?)のと同様、コミュニティというのは一旦疎遠になると、なかなか戻りにくい。そして、ゲームを引退していく理由はここにあると思います。仕事が忙しい、試験期間が来た、恋人と別れて精神的にキツい、新作のエロゲーでそれどころじゃない……etc。理由はさまざまですが、長期間プレイしていると1度や2度はゲームを起動するのも億劫だ、となることがあるでしょう。また、ゲーム内の誰かと喧嘩してログインが気まずい、なんてのもあるかもしれません。他には、変なのに絡まれたとか。そうなったとき、多くのユーザーはゲームから離れていく。

つまり、オンラインゲームには「繋ぐ理由」と同時に「繋がない理由」もあるわけです。しかし、後者が注目されることって意外と少ない。というか簡単に諦められている気がします。ゲームの魅力とか何とかで前者にばかりスポットがあたりますが、ユーザー自身と密接に関係した後者へのフォローというのが重要なのは言うまでもありません。今回の講演録を読んでいて、私はプレイしたことがないのですが、「伝説のまもりびと」という作品はそこをフォローする意識が高いようにも見えました。

ログインによってユーザー相互のメリットがあるということは、ログインにある程度強制力が働くということです。つまり、ユーザー同士の親密な交流が基本です。それでいて、距離を取ろうと思えばかなり大胆にとれるのが凄い。とりあえずログインして一言挨拶すれば良いというだけなら、仕事が死ぬほど忙しくても食事をとる合間に数分でできますし、他のユーザーと喧嘩して気まずくても、その人との関わりをほぼシャットアウトしてゲームプレイができるということなのでしょう。そうやってしばらく過ごしていれば、また密な交流がとれるようになるかもしれませんしね。

「コミュニティ」というのは当然、常に一定ではありえません。人の往来もあるし、関係の変化もある。だから、良い状態にもなれば悪い状態にもなる。最高到達点を高く高く引きあげて魅力を出すのも大事ですが、コミュニティの状態が悪くなったときに被害をおさえられることも大事だと思います。セーフティーネットというか。そう考えると、「FEZ」のように全プレイヤーが目的を共有しているタイプのコミュニティとは違い、「伝説のまもりびと」のコミュニティというのは「部活動」より「学校」に近いモノにも見えます。出席義務はあるけど、とりあえず登校さえしていればあとは授業中寝てても良い、みたいな。

今更何か新しいネットゲーを始めようかという気にはなかなかなりませんが、「学校」とか「部活」みたいな世界がオンライン空間の中にできあがるんだと考えれば、これはなかなか面白い気がしてきます。オンラインゲームの可能性というのは、実はまだ全然発掘されていないのかもしれません。

というわけで本日はこれで。また明日。

このエントリーをはてなブックマークに追加   

「ネットゲームとコミュニティの話」を読んだ人はこんな記事も読んでいます
いろいろ違いを痛感した話 (2012/05/27)
自転車こわい (2012/09/12)
僕らの屋根に雪は降り積む (2012/11/17)
コメント
コメントの投稿
( 関連性のないコメントやトラックバックは、削除されますのでご了承下さい )
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら