よい子わるい子ふつうの子

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2012/10/06(土) 00:25:47

本日は、ちょっと昔の話。

先日家の近所の学習塾の前を通りかかったら、もの凄い怒鳴り声がしました。どうも先生が生徒たちを叱りとばしていた模様。このご父兄が色々うるさいご時世に元気あるなぁと感心しつつ、それを見ていてふと、自分が学生アルバイトで塾の講師をしていたときのことを思い出しました。

塾と言っても私がつとめていたのはこの近所の塾とは別。高校生用の個別指導みたいな感じだったので、大勢の前で話をすることはありませんでした。学力のほうは、何とか進級できるようにしてほしい……というレベルから、難関大学の受験に合格したいという生徒までまちまち。私は文系教科の担当としてそこで数年間教えていたのですが、中に一人どうにも相性の悪い先生がいた。

相性が悪いといっても、個別指導ですから、お互いに顔をあわせることは少なく、しかもその先生は数学担当だったので、授業の内容でバッティングするということもない。ただ私と勤務曜日・時間がかぶっていたせいで近くのブースでレクチャーをすることが多く、そのせいで相手の教え方がよく伝わってきた。

私はどっちかというとあんまり怒らず、厳しくもないタイプだったのですが、体育会系のその先生はとにかくよく怒った。声を荒らげ、机を叩き、時には怒り心頭で一時間くらい無言のまま生徒に反省させるようなこともしていました。そのたびに私はふるふると震え上がっていたものです。

厳しいのと甘いのと、どっちが生徒にとって良いかというのはまあ好み次第でしょう。実際問題個別で何か教えて欲しいとやってくる学生は、結構自分に甘いところがあるので、親御さんからすれば厳しくやってくれる先生の方が受けは良い。事実その先生は割と人気がありました。脱落する学生も多かったけれど、ついていった子たちは成績が伸びていたようなので、実力もあったのだと思います。

ただある時、これは今でも覚えているのですが、その先生がこんなことを言った。「数学のセンター試験なんて俺の言うとおりにやっていれば簡単にできるようになる。できなきゃ、よっぽど才能が無いんだから諦めろ」。私はこれを聞いて、このやろう張り飛ばしてやろうかと思った。

自分の教え方に自信があるから、「絶対大丈夫」というのは良いでしょう。ハッタリでも、そういうことを聞けば生徒は安心します。しかし、「できないなら才能がない」というのはどうだろう。もしもできなかったとき、その学生は「ああ、自分には数学の才能が無いんだ。バカなんだ」と思ってしまうわけです。それは、塾で学生を教える範囲を明らかに逸脱している。その生徒の将来に対する責任を、あまりに軽々しく考えた一言だったと思います。

もちろんその先生が生徒を励まそうとしていた、つまり「お前はそんな才能のないヤツじゃないから安心しろ」と言いたかったのだろうということは解っていました。しかし、それならそれで言い方に気をつけないと、何気ない発言を真に受けて本当に取り返しのつかない心の傷を負ってしまうかもしれない。ふざけんじゃないぞ、と。

んで、授業が終わって、私はその先生のところに直訴に行ったんです。まあ、若かったんですね。すると向こうは向こうでムッとした様子で、なら自分も言わせてもらうが、お前は生徒をおだてすぎる。しめるときはしめてやらんといかん。あと余談が多すぎる。お前の授業時間は俺の半分くらいしかないだろう、みたいなことを言われました。どうも、あっちはあっちで私の授業を聞いて、イライラしていたらしい(笑)。

んでまあどっちも「何をこの野郎」という感じでああだこうだ言い合っていたのですが、そのうち立ち話も疲れたということで近くの居酒屋に入ってお酒をのみ、最後は妙に意気投合して、メールを交換して別れました。

殴り合いとか朝まで議論とか劇的な展開は無くて、普通に「お互いしんどいですな」みたいな終わり方だったので実につまらんオチですが、私も彼も、相手の言うことをごもっとも、と思うところがあったんですね。その後彼は大手印刷会社に就職が決まって私より早く塾を辞めてしまいましたが、いまでも連絡を取り合って相談に乗って貰ったり、時々観劇につきあったり(もと演劇サークルだったので)しています。……ホントにオチがないな。

ただその時の教訓というか、私が思ったことというのは今でも間違っていたとは思っていなくて、叱るにしろ褒めるにしろ、高校生くらいの相手を教えるときというのは結構神経を使います。こっちはアルバイト感覚でも、学生にとって「先生」というのは人生の先輩であり、時にはヤバいくらいこっちのいうことを信じてくれたりする。いい加減なことは言えないし、下手をすれば何気ない一言が人生変えてしまうような影響を与えるかもしれないのですから。

綺麗事といえばその通り。余りに理想論といえば、それも否定できません。また、実際にはそんなに相手が気にしていないかもしれない。でもたとえそうだとしても、教える側はそのくらいの覚悟と注意を払って教えるべきだと思う。

んで、そのくらいの生徒にハッパを掛けたり激励したりするときというのは、ネガティブな要素を引き合いにだす(今回であれば、「できなきゃ才能無い」のように)のではなくて、ポジティブに行く方が良いかなと思っています。もちろん、相手の将来にまで責任を負う立場ならハッキリ言った方が為になる場合もありますが(大学の先生が研究者志望の学生に告げるとか)、そこまでの責任を負う覚悟が無いのに、軽々しく口にしてはいけない言葉というのもやっぱりあるだろうなと。

そんなことを思いだし、また今の自分の戒めとしながら、その塾の近くの弁当屋さんで弁当買って帰ったのでした。

おしまい。

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コメント

How do you do @ this blog!

OYOYO-san, how do you do @ this blog?

My mentor said I am not suited for scientist. At that time, it was heavy shock for me. However, I thank him now.

Anyway, I'd like to be careful for my words.

By the way, you are very bold! But as you could get a good friend, you are lucky!! I think such a friend makes very good friend.

Good bye & see you!

日本語が無いとコメント出来ない仕様の様です。

Gastrallusさん江

こちらでははじめまして! コメントありがとうございます。

指導教授に「やめちまえ!」的なことを言われると堪えますね……。私はそれでもしがみついて居残ってしまったタイプ。後悔はしてないけど、食うや食わずの現状を考えるともう少し真剣に先生のアドバイスと向き合ってもよかったかなと思うことがあります。人生設計とか。

向こうも嫌がらせではなくて(時々、いやがらせで言う人もいるようですが)、教育者としての責任で仰ってくれる場合がほとんどですから、真摯に受け止めればよかったな、と。ある道がダメだからって人生がダメなわけでもなし、成功しないかもしれないけど好きだから残るということもできるし、選択材料のひとつですね。

文句言いにいったのは、私も結構やりすぎた感(今思い返すとホントうざいやつです)あったのですが、向こうも受け容れてくれる度量があって良かったです。ほんとに良い出会いでした。Gastrallusさんをはじめネットでの交流も含め、大事にしていきたい人間関係です。

それでは、これにて。寒くなってきたのでお体にはお気を付け下さい。See you!

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