よい子わるい子ふつうの子

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2013/01/13(日) 16:02:41

ツイッターで反原発なり原発推進派なりの意見というのをよく見かけます。

たいていの人は普通に自分の主張を展開しているのですが、時々、「この問題を考えもしない奴はバカだ」みたいなことを平気で言っちゃう人がいる。筆が滑ったのかついカッとなったのか、はたまた本気なのかは分かりかねます。しかし、なんであれやっぱりこういう言い方しちゃうのはよろしくないと思うわけであります。

なぜ良くないのかともうしますと、原発の賛成・反対というのはかなりの程度、「政治的」な議論だと思うからです。これがもし、何か学術的な議論――たとえば幸福とは何か、みたいな哲学的な話題だったとしたら、私だって何も言いません。いや、言うかもしれませんが、必ずしも間違いだと断じられない。そういう問いというのは議論することに意味があるというとおかしいか。上手くない表現ですが、そもそも答えがでるものではないわけですし、また、たとい誰にわかってもらえなくても、自分だけが真実を述べている(たとえば、ガリレイが地動説を譲らなかったように)可能性もあるからです。こういうとき「どうしても譲れない一線」というのはまさに自分の論理そのものであり、だからその論理を共有できない人を厳しく非難してしまう気持ちも分かります。

しかし、原発がどうこうというのはそれとはちょっと違う。原発問題の場合はむしろ、原発をなくす/再生産するという現実の行為のほうが問題になります。たとえば反原発の方が唱えた理論が多くの認められ、受け入れられても、結果として原発がなくならなかったら、それは「失敗」であると言えるでしょう。逆に、自分の言いたいことが全然伝わっていなくても、結果として運動が活発になって原発が停止されていけば、それは反対派としては勝利であると言えます。

原発が消えようが増産されようが、自分が正しい言説を言い続けることが出来ればいい、それで満足だ、というなら別に構いません。私はどっちかというとそういう言説や態度のほうが好きです。ただ私の好き嫌いとは別に、こういう「政治的な」議論はそれでは意味が無いんじゃないのかなあ。

つまり、この手の問題というのは言説の妥当性よりも(それを完全に無視していいというわけではありませんよ、もちろん)むしろ、結果のほうが大事にされる側面がある。だって、「正しいことを言っていたけど聞いてもらえませんでした。その結果、大変な困難に見舞われて、後からみんな反省したのです」では済まないわけじゃないですか。「政治的」だと申し上げたのは、そういう意味です。

で、そういう性質の議論において、論敵を攻撃するのはわかります。直接対決するのですから、白黒はっきりさせたいというか、少なくとも相手との違いくらいは鮮明にしておかねばなりません。しかし、そうではない中立派なり無関心派なりを攻撃する意味ってあるでしょうか? 私は無いと思う。

攻撃するということは、当然「敵に回す」ということです。もちろん完膚なきまでにやっつければ、白旗を上げて降参、味方になってくれるかもしれません。でも、それって余程の力が無いと無理。

そもそも、原発関係のような問題では、敵対勢力が「折れる」可能性はほとんどありません。敵は最後の一兵になるまで戦いを挑んでくる。そうなると、どちらにも与していない中立層なり無関心層なりをいかに取り込むかが勝負になってくる。なのに、「意識高くないやつはバカだ」みたいなこと言って、その取り込みたい層から反発買ってどうするのか……。

別に話を聞かない人に無理に媚を売れと言っているわけではありません。たとえば、「きちんと考えよう」みたいなことを言っても「はぁ? めんどくせー」みたいな返事を返す相手を無理やり自陣にとりこんでも、あんまり戦力にならないだろうことは想像に難くない。そういう「ふるい」にしたいというのなら止めはしません。でも、ふるい落とす必要が無い人まで排除しちゃう言い方になってないかなぁと思うんですよね。

「原発の事故でこれこれの可能性を考えないと大変なことになります」とか、「今後これこれで原発は必要になってきます」で止めておけば良いのに、「それを考えない人はバカ」とか、「意識の低い人は自殺志願者と同じ」みたいなことを言っちゃうのは、どう考えたって逆効果。そうやって無差別絨毯爆撃みたいなことをやっちゃうのは、戦下手と言われても仕方ない感がある。

実際のところと言っていいのか、たとえばあの大地震以降、反原発派って自分たちの主張を実現にもっていくチャンスがかなりあったし、今もあると思うのです。もっと世論を味方につけられるというか……。でも、どうもその辺あんまりきにしていないというか上手じゃない。それどころか、「ほーら、私が前から言ってた通り。やっぱり私正しかったね! あんたら間違ってたでしょ。お馬鹿さん」みたいなことをドヤ顔で言ってる人をたくさん見かけます。嬉しい気持ちは分からんでもないのですが、そこはぐっと抑えましょうよ……。

一方の原発推進派にも似たような人いますけどね。ただ、いまは立場的に弱いから出てきてないだけで、これでもし彼らの論理を強化するような現実の事態が起これば、たけのこのように湧いてくるでしょう。

こういう態度って、自分の考える「ただしい主張」のために、運動の成果が蔑ろにされているというか、チャンスを逃しまくっている気がします。そのあたりはまだ、今のところ原発推進派のほうが上手いと思う。

まあ、あくまでも傍から見るとです。内部で動いている人間ではないから、人知れぬ苦労とか怒りとか理解るわけじゃない。そういう前提で読んでください。

そのうえで、成果を出したい――つまり何とか世の中を動かしたいと思うなら、相応の戦術・戦略をもって発言するのがいいんじゃないかなぁと、流れ行く「意識の高い」方々の発言をを眺めながら思ったのでした。

私は別に世の中動かなくて良いタイプなので、細かいこと考えずに喋ります。てへぺろ。(*ノω・*)
※最大限配慮したAAとなっておりますことを汲み取って頂けると幸いに存じます。

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