よい子わるい子ふつうの子

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2013/03/24(日) 23:58:19

統計もとっていなければ特に有力な根拠もないので、かなりテキトーな話になりますが、今日ちょっとあるかたとお話をしていたときに、「最近はソースすら確認しない人が増えたよね」という話題がでました。

勿論情報ソースのことで、おたふくとかウスターとかではありません。そういえば昔、「情報ソースは案外気にされないという話」なんて記事もかきましたし。今回もそれのパターンみたいなもんです。

そう。ソース。2chに限らず昔のインターネットというのは、それはそれは怖いところ……だったかどうかはわかりませんが、とにかく、恐ろしくデマや誤解が飛び交っていたし、事実無根のネタで他人を引っ掛けてやろうみたいな動きもありました。

私は高校生当時とかあまりネットをしていなかった(テレホーダイとかの時代ですからね)のですが、それでも「いんたーねっとはこわいところや……」という意識だけは漠然と持っていました。それは、狐と狸の化かし合いの世界が広がっているというイメージがあったからです。

そういう世界の鉄則は、「疑わしきは信じない」ということだったのだと思います。私の友人はネットが今よりもずっと、世間からの評判が悪かった(いまも良いとは言いがたいのかもしれませんが、2ch読んでるとか書いてるなんていうのは犯罪者予備軍みたいな扱いをする人があふれていた時代もあります)当時から、情報の取捨選択を行なうリテラシーが無いと読めないけれど、そういう文化にも触れていないとそもそもリテラシーを養えないよ、みたいなことを頻繁に言っていました。

その彼が常に言っていたのは、「経験談は信じるな」。そして「ソースを確認しろ」ということでした。まあそうやろうな、と思います。与太話なら良いのですが、重大な話や何かの判断に使う場合には、きっちりしたエビデンスが求められる。それが無いのならそもそも信じるな、ということです。また、ソースがついていてもその解釈が本当に妥当かどうか。全然違うふうにも解釈できるのに、強引に一義的な解釈をしている……などのように、ソースはあってもその扱いが不適切である、ということも少なくありません。

こういう「ソース確認」というのは、ネット文化が他のメディアに対して非常に優位に立っていた部分であると私は思います。たとえばTVでは、ニュース番組ですらソースを提示することはほとんどありません。だいたいが「独自調査」で、それは「経験談」とほとんどかわらない。あるいは、専門家のインタビューなどを取ってくる場合もありますが、それはやはり「自分たちで編集」しているもので、誰にでも手に入るものではないうえに加工が自由ですから、ソースとしての力はきわめて弱いと言わざるを得ないでしょう。そういう部分を、まずは疑ってかかる、というのは「新たなメディア」で育つ世代の基本スタンスになるだろう。これで既存のメディアは息の根を止められるか、少なくとも変革を迫られるかもしれない。そんな漠然とした予感もありました。

しかし、そんな「ソース大事に」を保ってきたネット文化で、今やツイッターでデマが大拡散……などというのは日常茶飯事とまでは言わないまでも、非常に頻繁に起きる事態になりました。なんでそうなってしまったのか。帰ってきてから、ぼんやりとそんなことを考えていたんですね。

これはまあ、メディアリテラシーの低下だとか、利用層の違いだとか、そういうことは確実にあるのでしょう。いわゆる「まとめサイト」なんかの恣意的な編集に踊らされたり、あるいはそもそも勘違いで書いていた内容を多くの人が鵜呑みにしたり……というのは、明らかにそういう部分から来ているのだと思います。ただ、ツイッターに関して言えば、そういうのとは別に、ツールの性質に依存している部分が大きい気がします。

というのは、ツイッターのタイムラインというのは基本、自分で構成するものです。多くの場合、そこにいる人たちとある程度の親密なやり取りはあるでしょう。そういう「自分で選んだ」という自負と、「知り合いだから」という遠慮みたいなものが、その発言者に対して強くツッコミを入れたり、彼の勘違いを暴いたり、あるいはそもそも「嘘かもしれない」と疑う気持ちを薄めてしまうのではないか。論敵しかフォローしない人とかは知りませんけれども。

つまり、インターネットの「匿名」性が失われたことで、信じることのハードルが下がった、あるいは疑うという行為へのハードルが高くなった。そんな事情があるのかもしれません。

よく言われる、人間「見たいものしか見ない」というのもあって、相手への信頼性が高いと、明らかな嘘でも信じやすくなるということについて▼こんな研究▼こんな研究が心理学の分野で行われて、相当程度事実であると認められているようですしね。最初から「この人の言うことは信用できる」とか、「この人の言うことを嘘だと指摘すると気まずいしめんどうだ」とか考えていると、ソースを確認する手間を惜しむようになるのではないかな、などと。













…………というわけで、無関係ではないけれど「全然ソースじゃねえだろ」っていう話をリンクで貼ってみたんですが、どうだったでしょうか(爆)。

いやまあ、さすがにこういう「実際に見ないと何もわからない書き方」をすると確認しやすくなるとは思うんですけれど、逆に言えば「うまい書き方」をすれば、ソースを適当にでっち上げることもやりやすいのだと思います。

最後のリンクのことはちょっとした遊びのつもりなのですが、なんか「試された」みたいで不快に感じられる方がおられるかもしれず、そのことについては最後に謝罪しておきます。「ンなもん引っかかるわけないだろ。最初に『有力な根拠もない』と書いていたのをちゃんと覚えているわい、バカにすんな」という場合も、それはそれで失礼いたしました。

で、偉そうに言っておいて私もあんまりソース確認しないですっていうのが毎度のオチ。


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