よい子わるい子ふつうの子

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2013/04/11(木) 20:06:14

『ゼロの使い魔』などの作者であるヤマグチノボル氏が亡くなられたという話が飛び込んで参りました(MF文庫J公式)。心よりおくやみを申し上げますとともに、気持ちの整理がてら、思うところを少し。

ヤマグチノボル訃報
ヤマグチノボル氏の訃報。

ショックです。『ゼロ魔』もさることながら、FrontWingのエロゲー『カナリア 〜この想いを歌に乗せて〜』や『私立アキハバラ学園』、『ゆきうた』など、私にとって思い出深いさまざまな作品に関わってこられた方。ご病気をうかがった時からある程度覚悟はしていましたが、それでももう、氏の新しい作品が読めないということが残念でなりません。

ヤマグチノボル氏は、私の印象ですが、とにかく文体への意識が高い方だったように思います。コミカルな時はコミカルな文体で、しっとりとした時は重い文体で文字を綴る。代表作である『ゼロ魔』からは、海外の翻訳小説(『三銃士』と書いておられましたが)への意識を強く感じました。会話については、とりわけ顕著に。

「ヤマグチノボルの文体」は、読むよりも詠む――つまり、声に出した時に、その醍醐味が味わえる。私は常々、そんなことを言ってきました。句読点、表現の使い分け、倒置。すべては、流れるような文章の勢いのためにあり、そのリズムが、私たちのこころに、気持ちよく響く。

外に向かって放たれたことばが、私たちの目の前に、物語の世界を立ち上げて行く。改めて読み直してみると、そんな力を感じます。

『ゼロ魔』は、残り二巻での完結を前に、とうとう物語の「終わり」を迎えることができなかった。

でも、それで良いという気もするのです。終わらない物語で、良い。

氏の書かれた、私が大好きな文言を思い出します。

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そして、ああ、僕はなんというか、異世界に対する憧れというのが強い。

 とにかく、ここじゃないどこかに行きたいという欲求が常にあります。初めて訪れる街が好きです。異国の写真を眺めるのが好きです。月の裏側ならなお素晴らしい。そこが、『ここ』ではない、どこか別の世界なら、言うことはありません。ロマンが詰まってたら、もっと言うことはありません。そんな世界を歩いてみたい。主人公がこっちの世界の人間であるのはそんな理由からです。

 異世界の恋と冒険、そして貴族の名誉、これこそがロマンだとワインに酔った頭で僕は思うのであります。ロマンはいつだって僕の胸をはやらせ、加速させてくれるのです。
(ヤマグチノボル『ゼロの使い魔』p.263)
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「ここではない、どこかへ」。氏の作品が与えてくれたのは、想像力という、決して折れることのない翼です。どんな嵐の中でも、あるいは風のない空でも、私たちはその翼を使って、物語の世界へと、飛び立つことができる。

異世界への、果てないロマンを抱き続けながら、いつまでもどこまでも飛び続けたい。ハルキゲニアは、そんなロマンチストの想いを加速させてくれる、永遠の理想郷となったのかもしれません。


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