よい子わるい子ふつうの子

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2013/04/14(日) 17:23:02

最近我ながらヤバいなぁと思うんですが、どうもインプットが不足してきている。

エロゲーやってない、という話じゃなくて(エロゲーはそこそこやってます)、それについて考えたり、何か書いたりする際の、自分の考えを広げていくような出会い、そういうものを貪欲に求める姿勢が、やはり欠けてきている。本を読んだり、人と議論したりという、たとえば。

なんでそんなことを言い出したかというと、自分の「見方」が硬直化してきてるなーと思ったからです。どうも、他の人の話や議論を聞いて、驚くことが少なくなった。いや、驚いたフリは自分の中でしているのですが(こんな面白い話を今日はきけた、とか、読んだとか、思うようにはしている)、本当にそこに自分が新鮮さを感じているかというと、どうもそうではなくて、今までにあった経験の枠にあてはめて、「結局こういうことだよね」って納得しちゃってる。

これはマズいなぁと反省するわけです。読みの態度としても真摯さに欠けてるし、全部自分が納得できることに回収しちゃっていたら、そこから「新しい」ことは生まれてこない。深くもならない。同じところをぐるぐる回って自分のよく知った結論、納得できる話に落ち着いて「ああ、よかった」と胸をなで下ろすだけの、つまんない思考回路のいっちょあがり。

つらつら思うに、よくもわるくも自分のスタンスみたいなものを固めてきてしまって、その弊害かな、なんて。

昔、読んだり書いたりする方法論について何の意識もなかった頃は、はやく自分のスタイルを固めたいと思っていたのですが、いつの間にかそういうスタイルを作ることそのものが目的になってしまっていたことに、遅まきながら気づいたというところ。なぜそのスタイルが必要かというと、より深く読み、ものを考え、その思考を形にしていくためだったはずなのに。

どこかでじっくりと腰を据えて、いろんなことをインプットしていきたい。ただ、世の中はどんどんアウトプットを求めてきていて、なんか成果をはき出していかないと認めてもらえない時代になってしまったわけでして、その中でどれだけ非生産事項に時間をとれるかというのは結構深刻な問題なのですが、それでもどこかでインプットの場面を確保していかないと、先細っていくばかりだなぁという懸念も……。

ってなわけで、何とかいろいろ、じっくり考えたり読んだりする時間をとりたいんですけど、優先事項とか生活とかあると、なかなか難しいな〜。

やっぱり時間がある年代のときに「貯金」するのって大事ですね。お金じゃなくて。

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