よい子わるい子ふつうの子

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2013/04/19(金) 22:32:27

この四月に大学に進んだ、だいぶ年の離れた従妹が、「講義がおもしろくない」みたいな愚痴を言っていました。

話を聞いていると、いわゆる一般教養系の講義が多くて、知識は身につくけれど例年同じことを言っているらしくてノートやシケタイプリント(試験対策プリント)も出まわっており、実質受ける意味が無いのだとか、どうたらこうたら。

で、私はその大学の講義をうけたわけではないのですが、話を聞いて「はあ……まあ面白くないだろうなぁ、それは」と思ってしまいました。申し訳ないけれど。

ことわっておきますが、その大学の講義が面白く無いと言っているわけではありませんよ。ただ、話を聞いた限りで、そういう講義だとしたら面白く無いだろう、という話です。というのも、たぶんそのルーチンワークみたいなのを、教える教授自信が面白いと思っていないだろうからです。

私は大学時代、それほど真面目な学生ではありませんでしたが、「面白い!」と思える講義にはいくつも出会いました。そしてそのほとんどが、例外なく教える先生自身が面白そうだった。

思うに、大学というのは「教わりに行く」場所ではありません。教科を自分で選択していくことからも分かる通り、基本的には「学びに行く」ところです。つまり、待っていても「教え」は降ってこない。自分で能動的に探しに行くしかない。

その、探しに行くためのモチベーションはどうやって作られるかというと、それは「分からない」という意識によってであろうと思います。それが「分かりたい」になるから話が面白くなる。

「分かった」も、一時的にはモチベーションの源たりえるかもしれないけれど、自分で考えることなく教わって知識を身につけるだけというのは、早晩飽きが来ます。なんたって私たちは、受験勉強とやらで死ぬほどそんなことをやってきているのですから。よほど辛抱強い人か、知識マニアかでなければ、以前と変わらぬ学習のあり方に厭気がさすでしょう。

魅力的な講義というのは、その「分からない」がそこここに散らばっている。それについて、考えようという気にさせてくれる。そして多くの場合、その「分からない」は、教えている先生(教授という言い方をしないのは、准教授もいるからです)自身にとっても、分からないことだったりします。そして、その先生もまた分からないことを面白いと思っている。

何を言ってるかサッパリわからなくても、その先生がとにかく生き生きと喋っていて、自分の興味関心をアピールしてくれる講義というのは、案外おもしろい。その人が、それほどまでに惚れ込んでいる対象が何なのかということを、知りたくなったりもする。一方、毎年同じルーチンワークをやっている先生というのは、ご本人にそのつもりがなくても、教えている側に新鮮な驚きが存在しないので、聞く側からも消えてしまう。まして今回の場合、シケプリと講義ノートをどこかから仕入れれば「答え」が分かってしまうのですから、尚更です。

私は別に大学のセンセイではありませんから、大学生相手にかくかくしかじかの講義をしろとは言いませんが、受講する側にアドバイスならできます。まず、先生が講義の対象を面白そうに扱っている講義を聞くのが良いと思います。少なくとも、毎年同じことをぐるぐるやってる人は(本当に好きだからそれしかやらない可能性はありますが)、そうでないことが多い。

また、配布されるプリントが雑過ぎたり丁寧すぎたりする場合も、警戒が必要です。雑すぎるというのはその対象に対する愛情が足りないというか、伝えたいことが少ないのでしょうから論外として、丁寧すぎるというのも考えもの。なぜなら、その先生にとって「分からない」ようなことは、入りたての大学生を相手にするためにチューニングすると、消えてしまうような繊細で微妙な内容のことが多いからです。

親切を無下にするのは気が引けますが、しかし、学生にあわせてくれた内容よりは、その先生のむき出しの問いのほうが、実は学生にとっても響くものがあるんじゃないでしょうか。

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