よい子わるい子ふつうの子

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2013/08/02(金) 22:24:34

「そもそも研究って何やるの?」みたいなことを最近訊かれることがあり、まぁうまく答えられなかったのですね。そこで、自分なりにあれこれ考えていたのですが、畢竟自分のやってることは、「これまでになかった考え方をする」ことだと言って良いのではないか、と。先行研究を調べて、それを土台に新しい考え方を提示するという行為を、ある側面から切り取れば、そんな風にも言えるハズです。

で、そのことを伝えると、今度は「これまでに無い考えって出来るの?」と返されました。なるほど、言われてみれば……という感じがします。訊いてきた私の友人が言わんとしたことからは外れるかも知れませんが、本当に「新しい」思考というのは、これまでの思考とどこか切れているはずです。論理的に追い詰めることができる考え方というのは、どこまでいっても必然の範囲内であり、その意味では新しくありません。

もちろん、「新しい」の語義にもよるのですが、人間にとっての自由な発想というのは、どこかで論理という必然から解き放たれていなくてはならないのかもしれない。もしそうだとすれば、果たしてその方法はどうあるべきなのか。

そこまで面倒なことを考えなくても、先行研究を追いかけていると、いつの間にか自分が、その枠組みの中でものを考えることが当然、となっているというのは、よくある話。枠組みを飛び出すために学んでいたはずなのに、逆に縛られるわけですね。

皮肉な話ですが、かといって徒手空拳で戦うというのも選択肢には入れづらい。ナポレオンの言うように、自分でものを考えるために(新しい考え方をするために)過去を学ぶのだとしても、そのうえでいかにすれば思考を己のものとできるのかというのは、凄く難しい問題だと思います。

日頃はこんなこと言ってられないんですけど、たまにはこういうことも考えないと、思考が惰性になっていくからなぁ。

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