よい子わるい子ふつうの子

18禁PCゲームをメインに、ラノベや漫画についてもダラダラ話を書きます。長文多いです。

2013/08/07(水) 12:05:53

カテゴリをエロゲーにするか一般にするか迷ったんですが、エロゲーじゃなくても通じる話だろうということで一般系に分類。毎度カテゴリにはそんなに気を使ってるわけじゃないんで、悩む意味あるのかというセルフツッコミはおいといて。

自分の意見を、ちゃんと理由もつけて説明するのって難しいよね、という話です。

ことの発端は、あるエロゲーに対する評価として、「エロゲーなんかやらない一般人もやってるから凄い」という褒め方をするのが妥当かどうか、というような話。こういう「褒め方」は、言いたいことは分かるんですけど、確かに微妙な気もしてくる。

たとえば、「この学校は偏差値の高い人だけでなく低い人も入れるから凄い」とか、「この大会は記録の高い人だけでなく低い人も参加できるから凄い」のようには、ふつう言いません。「AだけでなくBも」という場合、重点は「B」の側に置かれるものです。つまり、「一般人もやるから凄い」というのは、一般人のほうが上だと思っているからできる言い方であって、自動的にエロゲーマーを見下していることになるのではないか――。これが、「エロゲーなんかやらない一般人もやってるのが凄い」に反発する人の主張であろうと思われます。

ただ、褒めたい人の気持ちもわかる。これまた譬えを持ち出すと、「プロだけでなくアマチュアにもひらかれている大会だから良い」とか、「専門家だけでなく素人が読んでもよくわかる」というのは、褒め言葉として成立しています。この場合、「AだけでなくB」の「B」を出すことで示されるのは間口の広さ。それが価値として扱われている。

このように解釈がわかれるのは、「エロゲーにとって一般人もやっているというのはどんな風にいいことなの?」ということが分からないからでしょう。少なくとも明示されてはいないし、一般通念として成立しているわけでもない。「凄い」とか「良い」というなら、どんな人にとって、どういう意味で価値があるのかを示さないと、内容のないスカスカの発言になってしまう。こうした具体性の欠如は、論述としては失敗です。

しかし、分かっていてもこの手の「失敗」を避けるのは難しい。私も、とにかく気をつけよう気をつけようと思っているのになかなか実態が伴いません。また、他の人の発言や文章を読んでいても、同じように感じることが多い。原因はおそらく、私たちは、ある価値判断(この場合、「良い」か「悪い」か)に対して、根拠(「一般人もやっている」から)を示せばそれで説明した/説明された気になってしまうからです。


ちょっと具体例として、『天色*アイルノーツ』に対する批判の話をとりあげてみます。単に自分が感想書き終わったので他の方のを読んでいたというだけの理由で恐縮ですが……。

網羅的にレビューを見ているわけではないので、果たして世間的な流行なのかどうなのかはわかりかねるものの、「エロゲー批評空間」さんの投稿記事を見ていると、「世界設定に意味が無い」というツッコミが凄く多い。「空を飛ぶ島にした意味がない」とか、「異世界設定の意味がない」とかです。

これは、「面白くなかった」という価値判断に対して、「世界設定に意味が無いから」という理由が述べられているわけですが、こう問うてみることはできるでしょう。それの、何がダメなんですか? と。いや、喧嘩売ってるわけじゃなくて、純粋な疑問として。

そもそもここで言われている「意味」というのは、どういうことなのか。

作中の機能を言えば、舞台がファンタジーな「空島」であるというのはある程度の役割を担っています。主人公が「全くの新天地」に行くこと、や、「大した技能のない一般人でも特別な存在になれる」ことなどが端的な例ですかね。まあその辺の機能は、確かに他の設定でも代用可能だろうとは思います。しかし、だからといってファンタジー設定にしてはいけない、という理由も無いはずです。異様に複雑でわかりにくい設定でもありませんし。

あと、エルフや獣耳を出す、あるいは「魔石」による意思疎通の話なんかはファンタジーでなければできないことです(現代日本の枠で無理くりやろうとすると、前者はコスプレ、後者は嘘発見器かテレパシーになるんでしょうか)。つまり、必要はある設定なわけです。(その意味で「意味」はある)

じゃあ、「意味が無い」とはどういうことなのか。「意味」ではなく「必然性がない」のように言っている人もいまして、そういうことかも知れません。どうしてもそうでなければならない、強い理由ですね。設定と物語の間に、強固な結びつきが無い、という。

ただそれならそれで、『アイルノーツ』は「世界設定に必然性が無い」から面白くない(評価が低くなる)のはなぜか、きちんと説明してほしい。世界設定に必然性が無いというのは、どのような「悪さ」なのかが気になります。

だって実際問題、「世界設定に必然性が無い」ことは、それほど大きな問題なのでしょうか? たとえば神奈川県在住の主人公がいたとして、「神奈川である必然性」が無いから面白く無い、というツッコミを入れる人は、おそらくそう多くないと思われます。

また、SFのように、 世界の全貌や特殊な能力のメカニズムが整合的に明らかにされるとスッキリする作品、というのはありますが、そうでなければ駄作、というのはまた別の話です。特にファンタジーは、「はじめからそういうモノ」というお約束で始められることが多いので、設定にツッコミ入れるのは無粋、という人もいますよね。

「世界設定に意味が無い」ことが良くないとして、それは誰にとってどんな風に良くないのか――作品にとって良くないのか、《私》にとって良くないのか。《私》にとって良くないのなら、それはどう良くないのか。また、《私》以外の人にも通用するような良くなさなのか、それとも《私》に固有のひっかかりなのか――説明が必要なのはこのあたりでしょう。

私の個人的な見解を言えば、「意味がない」も「必然性がない」も、言いたいことがズレている気がします。たぶん、そういう客観的な物語構造(を想起させる類)の話ではない。「世界設定に意味が無い」という理由付けをしている人のレビューを読むと、その大半は、「世界設定に不自然さを感じる」と言い換えたほうが、ぴったりくるように見える。設定があまりにもご都合主義的で制作側の意図が透けて見えて萎えるとか、そういうことではないか、と。それなら、《私》が物語に没頭できないという意味でマイナス評価になる、というのは理解できるように思われます。

私の「憶測」が妥当なら、「意味」やら「必然性」というのは、理由付けとして失敗している。あるいは私の読みが全くの見当はずれであったとしても、「世界設定に意味(必然性)が無い」から「面白くない」というのは、実はよくわからない(きわめて説明不足な)記述であることは言えるハズ。

いずれにしてもこの件の抱える面倒くささというか不明瞭さは、「一般人もやるエロゲーは凄い」発言同様、何がどう凄いのか、という結論の具体性が欠如していることに由来するものだと言えましょう。


理由付けと内容がずれていてわかりづらいだけならまだ良いのですが、褒めたい/けなしたい内容の具体性を検討せずちぐはぐな理由をつけたがために、全体がコケてしまう、というのもあります。

一番わかりやすいのは、「こういう試みは初めて見たので凄い」みたいなパターン。「いや、これより前に同じことをしてるのあるから……」と言われたら終わりです。歴史モノの漫画なんかにありがちなのは、「史実をきちんと踏まえている」から良い、という評価で、これも「いや、史実と違うこと言ってるよ……」と言われてしまうとアウト。

いやぁ、私がよくやっちゃうんですよ。『キングダム』とか『センゴク』を褒める時に、「史実をよく踏まえてるし……」みたいな言い方。でもよくよく考えると、史実踏まえて無くても面白い歴史モノの作品っていっぱいあるし、『キングダム』や『センゴク』が、史実の裏付けと違うことをやっていたとしても、面白さが損なわれるとは思えない。私が「史実を踏まえている」ということで褒めたかった部分って、たぶん理由付けと合致してないんですよね。

ところが、本当の面白さはそこじゃないと思っていても、手っ取り早く権威付けできたり褒める要素になるからと思ってそれらしい理由をつける。そしてそれがために、言いたかった結論のほうが変質してしまう。突っ込みどころ満載の、「言いたかったことと全然違う評価」の一丁上がりです。気をつけないといけません。


以下、私の経験談になりますが、私は自分の中の「形になっていない想い」を表現しようとしてことばをを使うのだけれど、そのときに、どうしても「テキトー」なことばにしてしまいがちです。「面白かった」とか「興奮した」とか。なんとでもとれる、中身の無いことばに。

不思議なことに、ことばにしてしまうとそれで自分の感情は言いとれたような気持ちになる。ことばに感情が引っ張られるとでも言いましょうか。

でも、どこかでそのことばに不信感も持っている。そこで、その「テキトー」なことばに対して理由付けをする。そうやって曖昧さをごまかそうとするんですが、その時肝心のことばの側がきちんと定まったものではないので、理由のほうもきちんとした対応関係を考えずに喋ってしまう。まあ、とりあえず何かそれらしい理由ついてりゃいいだろみたいなノリで。

そして、理由がそれらしければそれらしいほど、「ちゃんと理由がついたんだから、自分はことばで適切に感情を表現したに違いない」とか考えちゃうんだと思います。自分で納得しちゃうんですね。

自分の意見の表現の失敗を防ぐためにも、考えをなるべく精確に、慎重にことばにするよう心がけたいとは思っているのですが、そんなこんなでなかなか難しい。練習と反省あるのみなのはわかりますよ。ただ、自分ではなかなか気付けないことですからねぇ。まあだからこそ読者の眼というのは貴重であり、その眼を確保できる場があることは、とてもありがたいことだと感じる次第です。

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コメント

「エロゲーなんかやらない一般人もやってるから凄い」
この文章は間口の広さを褒めている言葉なのでしょうか?

私は純粋にクオリティーの高さを示す表現の一つとして使われるパターンも有るのではないかなと考えます。
エロゲーは広く一般的な趣味とは言えないでしょう。
例としては適切ではないかもしれませんが、エヴァンゲリオンがクオリティーの高さ故に社会現象になったような、
「サブカルチャーがメインストリームで好意的な評価を得るのは、高いクオリティーがあるからだ」
という意識からの逆説的な褒め方という可能性も微レ存。

この場合エロゲーをプレイする人は貶められてるのではなくて、愛好家であり、そちら方面に普段から慣れ親しんでる人という表現になると思います。

舞台設定の必然性については、その人が親しんできた作品が、多くの場合伏線を回収してきた為に「伏線回収を期待したが裏切られた」という失望感からくるものでしょうか?
神奈川県在住を伏線とはあまり考えないでしょうし(笑)

ebiosさん江

コメントありがとうございます。

どういう順番で話そうかな……。まず、「間口の広さ」というのは、上で「譬え」あるいは「解釈がわかれる」と書いた通り、「解釈」です。ですから、必ずしもそれが正解だとは思っていません。

ebiosさんがご指摘くださった「クオリティーの高さ」というのはなるほどと思いますし、また、その可能性はじゅうぶんあるな、と。ただ、失礼ながらその説明ではまだ不十分に思えます。

数年前公開された映画『ダークナイト』は、映画評論家などがこぞって高評価したけれど、日本では一般観客動員数が大きくは伸びなかった。このとき、「ジャニーズでないと一般受けしない」とか、「質が高くて映画普段見ない人には分からない」のような声も聞きました。

私が申し上げたかったのは、「一般的」なことは、必ずしも「高いクオリティー」と結びついてはいない、ということです。ですから問われるべきは、「なぜ」、「一般受け」する、あるいは「社会現象」になることが、クオリティーの高さと結びつくのか、です。(たとえば私には、社会現象になった「世界の中心で、愛をさけぶ」が、ハイクオリティーだとは全く思えません)

そう考えると、「クオリティーが高さ」として「一般的である」(売れた/メインストリームに乗った)というのは、理由付けとして不十分ではないでしょうか。

ebiosさんは「サブカルチャーがメインストリームで好意的な評価を得る」と書かれていますが、『本来「サブ」なものが「メイン」になるくらい凄いのだ』ということであるとも読めます。すると、最初からオタクのようなものを低く見る意識、あるいは売れてないものは凄くない、という、やはり「サブ」を最初から低く見る意識がある、ということになってしまうかもしれません。ebiosさんの表現したかったことと違うのに、書き方のせいでそう読まれる危険がある。

なぜこんなことになるかというと、「クオリティーが高い」ということばは、具体性がないからだ。このように考えてみよう、というのが基本のアイディアでした。

ebiosさんが仰りたいのはおそらく、「サッカーを知らない人が見ても興奮する試合」のように、「普遍的なよさ」を備えている、ということではないでしょうか。それなら、「クオリティー」とは「普遍性」です。私の、「間口の広さ」と似ていますが、より積極的な含意がありますね。私たちは「普遍性」も「間口の広さ」も「斬新さ」も「完成度」も、いろんなものをまとめて「クオリティー」と呼んでしまうので、そこをきちんと自分で見極めてからでないと、説明もうまくいかないのではないか。そんなことを申し上げたつもりでした。

舞台設定の必然性についても同様で、「私の期待と違った」という主観性の高い話なのか、「物語の中での完結性・整合性の有無」という客観的な話なのかで、価値の内容も、説明すべき理由も違うと思います。「私の期待と違う」ということなのに、「必然性」のような物語側に押し付ける言い方をすると、ちょっとこじつけっぽく見えたりしませんかね?

ebiosさん江(2)

追記

『世界の中心で、愛をさけぶ』が「ハイクオリティーではない」という迂闊な書き方をしてしまいましたが、私のこれも、「クオリティー」の意味がわかんないですよね。あ、ちなみに映画版です。

たとえばテーマの掘り下げの深さとか、演技力とか、そういうニュアンスのクオリティーです。一定層の人びとにストレートに訴える力、という意味ではクオリティーが高いと言えるのかもしれませんが、私は別段そこを褒めたいとは思わないので、「一般受けしたからクオリティーが高い」とは言いづらいです。

丁寧に汲み取って説明して頂いて有難うございます!


「解釈」とされてるのに揚げ足取りのような論調になってしまったのはスイマセンでしたm(__)m
そんなつもりは毛頭なく、別視点位の気持ちで書いていましたが、私の国語力はダメダメなので(句読点に迷うレベル)


言及されたように「一般的なこと」と「高クオリティー」は結びついていませんね。
結局「クオリティ」の定義はどうするの?って事になりますよね。
当てはめる物によって意味合いが変わってくる言葉だと思います。

普通「高クオリティ」という言葉はよく売れる物と言うよりは、最高級なものに使われますね。
家電等だと、フラグシップモデルとメインストリームモデルがわかれているように「一般的」と「高クオリティー」は別物として区別さてれいますし、個人的にもクオリティーという言葉にはそういったイメージを持っています。
これにはコストの問題やメーカーの戦略などが影響しているのでしょうが、何より販売価格が違います。

これを価格帯が同じ物で考えると、逆転の減少が起きているのではないでしょうか?
漫画なんかは価格帯にそうブレがありません。
売れている漫画は、売れていない漫画とくらべてクオリティーが高い傾向にあると思います。

エロゲーも低価格帯などもありますが、同価格帯で比べればその傾向ありま……すよね?
もちろんブームやマーケティングによってブレはありますが「傾向」ならそう言えるはずです(映画はしょうじきこれもうわかんねぇな…ブームとマーケティングだけに動かされてるかもしれない)

同価格帯の作品については、普及=高クオリティーとはいえないが、その傾向がある為、エロゲーの「一般人もやってるから」は褒め言葉になりうるのではないか?


ここまで書きましたが、もうただのこじ付けですねー。
説明不十分どころか、話のすり替えにしかなってないですね。

私自身、売れてるワンピースを面白いと思わないですし、邦画はあんまりクオリティー勝負する気を感じないですし、エロゲは評価は参考にするけど、売上なんて気にしないですし(気に入った作品は売れてて欲しいが)
売れるもの作ることは素晴らしい能力と才能だと思いますが、「一般受け」
「エロゲーなんかやらない一般人もやってるのが凄い」なんてのはやめて、その作品自体の魅力を語るべきですね!


ご指摘の点ですが、エヴァンゲリオンを例にしたのは完全に間違っていました(;_;)

サブとメインという対比は誤解を招きますね。

言いたいことは「波及していっている」と言う事でした。
ある村の名産品でしかなかった食べ物が世界に広まっていくというような、その物が持つ価値故に、最初収まっていた枠から広がっていくイメージです。
この例でも「都会の方がえらいのか」とか「ご当地物の方がおみやげに喜ばれるだろ」とか言われれば……もうしらんがな。


というか、この手の話って言葉のすり替えじゃないですか?

「エロゲーなんかやらない一般人もやってるから凄い」だと、はなから「なんか」なんて行ってる時点で貶めてますから、考察の余地がないとして「エロゲーをやらない一般人もやってるから凄い」という文面から凄いと言っているエロゲをAとして、
凄いは一般人がやってないエロゲに対しての相対的な意味で使われてると考えて、一般人がやっていないエロゲをエロゲBと考えた時。

この人の意見はエロゲA>エロゲB
その根拠に一般でもファンが居る事を上げたとして、A>Bとなれど一般>エロゲとはならない。
なぜなら一般人「も」やっている事からエロゲでも評価されている事は読み取れるが、量は読み取れない為に、エロゲAはエロゲと一般で評価されてるのに対して、エロゲBはエロゲの評価のみ。

なのでエロゲA>エロゲBは成り立っても一般>エロゲは成り立ちません。

「世界でも認められてるから凄い」なんかも使われますが、付加価値として述べてるのであって、世界対日本の対立構造じゃないんですよね。
比べられてるのはあくまで「アーティスト」だったり「作品」だったりでカテゴリじゃない。

OYOYOさんが例に挙げてらっしゃる偏差値の高低や大会の記録の高低は同カテゴリーで既に優劣のついた表現ですが、エロゲと一般は別カテゴリで優劣のついてない状態なので、こういった考え方も出来るのでは無いかと思います。



舞台設定については全くその通りだと思います。

個人的な感情をさも作品の欠点の様に表現しているだけに感じますね。
ただ、オチにいきなりファンタジー要素持って来られると、それまでの自分の予想や想像妄想が徒労だった様に思えて、個人的に苦手です。
自分の好きな分野だと、細かいリアルさを発見して悦に入ったり出来る反面、気にしなくていい点を気にしてしまったりもありますね。


思いつくまま書いたので、すごい長文になってしまった……
ですが、整理すると言いたいことを伝えられないかもしれないのでこのままコメントする事をお許し下さい(汗)
OYOYOさんなら読んでくれると信じて。


ebiosさん江

コメント感謝です。御返事遅くなりました……。

クオリティが高いというのが「最高級なもの」に使われるというのは、その通りかもしれません。こじつけとおっしゃっていますが、価値の逆転、というのは面白い発想だなと思いました。デフレとインフレみたいな話ですかね。

二つ目のお話について。「付加価値として述べてるのであって、世界対日本の対立構造じゃない」というebiosさんのご指摘は、その通りだと思いました。カテゴリーミステイクが起きないし、そのほうが、「間口の広さ」より適切な表現かもしれませんんね。

ただ、「論点のすりかえ」というよりは「論点が不明瞭」なのかなと。ebiosさんがおっしゃるように、「一般人もやってるから」という繊細な表現の場合、そこに「なんか」の意味が含まれるかどうか、分かりにくい気がします。

と、やはりこれだけ「細かい話」になってくるのを、普段私たちは結構いい加減に済ませちゃってるよなあと、ebiosさんとのお話を通して痛感しました。

突然のファンタジーオチは、私も苦手です。いきなり先輩が宇宙人でしたのでお別れになります、とか言われた時は、別れの悲しみよりもあまりのマッハな展開に絶句しました(笑)。ただ、その突飛さもギャグ作品とかだとハマる場合もあって、やっぱり作品にあってるかどうかってのは案外大事な気がします。

コミケ疲れでお返事が遅れましたが、とても楽しく読ませていただいて、返信を書くのも楽しかったです! こうやってコメントを頂いて、あれこれ考えられるというのは本当に幸せだし、最初にこの記事を書いた時よりずっと考えが深まったと思います。

ありがとうございます!

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